【ウィーン】VIENA観光

 

ウィーンにやってきた

 

いつかは来てみたいと思っていたウィーン

 

念願がひとつ叶いました!

 

昼は観光

 

夜は音楽三昧

 

非常にすばらしい旅となりました

 

 


あっちこっち動いたよ

ハプスブルグ家の財力すげえと思った


さすがに場所柄寒いは寒いけど

なんとか寒さはしのげた

 

日中は治安が悪いと思ったことはなかった

 

夜も市街地は観光客や、音楽会に行く人たちが多いので

さほど治安が悪く危険だなと思うシーンはなかった

 

ただ、深夜とかはどうかわからない

 

映画の寅さんに中でも

ウィーンに一緒に来た寅さんをホテルへ置き去りにして

うつ病になりかけていた柄本明

ひとりで飲み歩いているシーンもありましたね

 

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シューベルト生家

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ハプスブルク家(ドイツ語: Haus Habsburg)は、現在のスイス領内に発祥したドイツ系(アルザス系)の貴族。

古代ラテン人の有力貴族であるユリウス一門(カエサル家)の末裔を自称し、中世の血縁制度を利用した政略結婚により広大な領土を獲得、南ドイツを代表する大貴族に成長した。中世から20世紀初頭まで中部ヨーロッパで強大な勢力を誇り、オーストリア大公国(オーストリア公国)、スペイン王国ナポリ王国トスカーナ大公国ボヘミア王国ハンガリー王国オーストリア帝国(後にオーストリア=ハンガリー帝国)などの大公・国王・皇帝の家系となった。また、後半は形骸化していたとはいえ、ほぼドイツ全域を統べる神聖ローマ帝国ドイツ帝国)の皇帝位を中世以来保持し、その解体後もオーストリアがドイツ連邦議長を独占したため、ビスマルクによる統一ドイツ帝国から排除されるまで、形式的には全ドイツ人の君主であった。ヨーロッパ随一の名門王家と言われている。

家名の「Habsburg」の発音は、ドイツ語発音: [ˈhaːpsbʊʁk](ハープスブルク)とドイツ語では発音される。ただし日本では慣用表記・読み方であるハプスブルクが多く使われる。スペイン語ではアブスブルゴ家(Casa de Habsburgo)、フランス語ではアブズブール家(Maison de Habsbourg)となる。ルドルフ1世以来オーストリアを本拠としたことから、スペイン系を含めて「オーストリア家」(ドイツ語:Haus Österreich, スペイン語:Casa de Austria, フランス語:Maison d'Autriche)とも呼ばれる。例としてスペイン生まれのルイ13世王妃はフランスでアンヌ・ドートリッシュオーストリアのアンヌ)と称された。

 

ja.wikipedia.org






 

 







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